2012/03/30

青柳さんのドッペルゲンガー

江東区のゲーム会社に勤めていた頃のこと。もう十年以上前のことだ。

とあるアドベンチャーゲームのバグ取りを社内で二日連続泊り込みでやらされ、身も心もぼろぼろになっていたら、早朝に先輩が「今日は昼にあがっていいぞ」と。それで昼過ぎになり、帰り支度をしていると、青柳さんという先輩が声を掛けてきた。「あんたはまだ東京に来て日が浅いから、はやばや社宅に帰ったって、何をしていいかわからんだろう。近くに図書館があるから行ってみなよ」。そう言って青柳さんは社宅から図書館への簡単な地図を書いてくれた。
「青柳さんは今日は通常勤務ですか」ぼくは青柳さんもバグ取りで何日も帰っていないことを知っていた。
「おれは」青柳さんは引きつった笑顔で首を振った。「夕方までいるよ」

社宅に帰った。図書館に行こうにも徹夜ですっかり疲れていたので部屋で昼寝をすることにした。寝る前に部屋の窓から外を見た。まだ明るい。そりゃそうだ、昼さなかだ。眼前には公園が広がっていた。公園の敷地のむこうっかわに、男の人の行く姿が見えた。目を凝らしてよく見ると、青柳さんだった。
「あれ?」
青柳さんは暗い顔をしてうつむいてトボトボ歩いていた。
「夕方までいるのじゃなかったかな」
遠くに見える青柳さん。今朝と着ているものが違っていた。
とにかく疲れていたのでぼくは眠った。

夕方に目が覚めて、図書館に行った。
平日なので、利用者はほとんどいなかった。ぼくは初めて訪れる図書館の中をうろうろして何かおもしろいものがないか歩きまわった。
ふと、林立する書架のずっと奥に、一人のひょろっとした人影が見えた。
「あれ?」
青柳さんだ。やはり暗い顔をしている。うつむいている。さっき部屋の窓から見た服装と同じだ。
青柳さんは力なくゆっくりと歩を進め、やがて書架の影に消えた。
ぼくは早足で青柳さんがいたあたりへたどりついた。あたりを見回したが、青柳さんの姿はなかった。
「???」

夜になった。ぼくは社宅に居た。
部屋の外でドタドタ音がする。しばらくすると、勢いよく扉がひらき、満面の笑みの青柳さんがあらわれた。
「いやあ、終わったよ、バグ取り。すっかりハイテンションになったよ。おい図書館へは行ったか?」
上機嫌の青柳さんは、ちょっと飲んでいるようだった。服がズボンからはみ出てみっともない状態になっている。その服は、夕方図書館で見たものと異なり、今朝と同じものだった。
「あれ、れ?」

青柳さんは今日一日会社にいたと言う。

今はどうしているのか知らない。

以上、実体験です。

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